こころん

旧 りんごの小部屋

老親と暮らして

老親の生活介助のため、気楽な1人暮らしを引き払い同居を始めて数年。

主に母の我侭、暴言、暴挙に疲労困憊です。こんな鬼姑がいる家にお嫁さんを迎えることなど不可能なので結婚も諦めました。たまに僕も頭にきて「うるさい!」と怒鳴ることもあり、そのまま思わず取り返しのつかない一言を言ってしまいそうになるのをこらえる毎日です。

 

家の中はゴミの山だらけ。母は子供達がまだ小さく賑やかで食べ盛りで、自分は主婦として台所を切り盛りしていて…そんな時代のまま頭の中の時間が止まっているようです。食べろ食べろと大量の食材を買って(買わせて)きては腐らせているのです。

一方父は椅子から立ち上がるのも苦労するほど足腰が弱っています。また最近トイレの始末が苦手になってきたのか、家の中がそこはかとなく糞尿の臭いがするのでトイレのマットはちょくちょく交換しないといけないです。あの母を御せるのは何十年と言う途方もない時間を共にしてきた父だけなので何とか頑張って欲しいです。もし父まで手が掛かるようになったらと思うとゾッとしますが、それもさして遠い未来ではないでしょう。

 

それなりに楽しかった家族の思い出が、終盤で怒りや憎しみに塗りつぶされていくのが辛いです。それでも楽しい思い出を一つでも作りたいと思い親を連れて小旅行に行くようにしています。今週末も行くつもり。ただ、もう長距離移動はダメそうですね。

 

これから色々なことがおきるでしょう。

たとえば突然会社にこんな電話があるのです。

「転んで大腿骨を骨折した」
「誤嚥で肺炎になった」
脳梗塞を起こして病院に・・・」

そして対応を誤ろうものなら離れて暮らしている兄弟から「何をやってるんだ、可哀想じゃないか」と無責任な善意の声が飛んでくるんだろう。毎日一つ屋根の下で同居していない人間に何が分かるというのだと思うけどね。

 

今、世の中では介護離職が問題になっています。常時面倒をしなければならなくなったらどうすればいいのかなぁ。「人に頼りなさい」とよく言われるところ、それが現実にはなかなか難しいからこその介護離職問題なんでしょう。。。

向こう10~20年の間に気力・体力・財力の全てを最大限投入して親を"見送った"あと、僕に生きる余力が残っているでしょうか。僕自身はどう老後を送るのでしょうか。人様に迷惑をかけるくらいなら自身で始末を…と脳裏をよぎってしまいます。

 

いつも書いてますが仕事は本当にしんどい。昔みたいな無理が利かなくなり「限界」を明らかに感じるようになりました。でも老後はお金だけが頼り。老親については勿論、自分自身の老後だって人様の力を借りるにはお金しかないのだから、まだまだ頑張って働かないといけないです。子育てなら大きくなる子供の将来の為と頑張れそうだけど、「人生の撤退戦」の為となるとやるせないです。

 

明日も早番だから、もう寝なくちゃ。