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こころん

旧 りんごの小部屋

少し振り返ってみた

日記代わりのブログをH16/12から複数のブログサービスを使いながら続けてきました。

違うサービスに移る度に一区切りということで書籍化した「この世に1冊しかない」大切な本。いつも本棚の端にちょこんと置かれていますが、今日少し読んでみると。。。

 

・・・進歩ないなぁ(苦笑)

ずっと同じ話ばっかり書いてる。

  1. 心身病んで寝込んでる話、医療・薬系の話
  2. アトピーの話
  3. 仕事がきつい話
  4. 法律・会計・資格の話
  5. 数学・物理の話
  6. 時事話
  7. ずっと独身の自虐的な話

こんなところです。

特に「7」は妻帯者に対する嫉妬に終始していて酷いです。

僕は昔から「うんと年下」「うんと年上(主に既婚者)」には(自分で言うのもアレだけど)まあまあの評価ながら同世代の異性にはてんで駄目。。。異性から見てトキメキとか魅力を全く感じさせないこの「良い人体質」はきっと僕が八方美人だからなんだろうね。良い人とは「どうでも良い人」の略とはよく言ったものです。

 

そうそう、今も書いてて気づいたけれど、僕はよく「妻帯者」という言葉を用いてました。これは「妻子を持ち家庭を築いている”肩書き”としての夫」に憧れてる証拠です。誰かが大好き!誰かを幸せにしたい!と渇望しているのではなく「人並みに家庭を持ちたい」と思っているだけ。こちらの「人並みに」の理想を実現するために、どこの誰が伴侶になってくれるというのか。

我ながら呆れてものが言えないや。。。

 

想いやりや心の無さ、自己中心的な幼さを異性に見抜かれてるんだと思ってます。ある時期からハンドルを「りんご」→「こころ」に変えてもっと心を大切にしようと試みたりしたけど、知識偏重型の頭でっかちロボには心がないのだろうか。

情けなく、そして悲しくなります。

 

親の生活介助をするようになり、僕は相当イラついてる自分に気づきました。誰だってうっかりするし忘れたりするし失敗だってする、それなのにそれを赦せないんです。弱さや不完全さに対する容赦・寛容のなさ。。。八方美人を装う僕の本性を見た気がしました。育児を通じ無数の我慢・受容を経て一人前の大人になっていくところ、親の面倒を通じてようやく何十周回遅れで僕にもその機会が巡ってきたんだね。

 

 

僕も優しく懐の大きな人間になれるかなぁ。

その為には強くならなくちゃ。

いつもやられまくってたら余裕なくなるもん。。。