こころん

旧 りんごの小部屋

僕の限界

寝込んでいた頃、本で読んだことがあります。
うつの人間の心には憎しみが満ちていると。

愛されなかった、
酷い環境に置かれた、
理不尽な扱いを受けた、
何もできない自分・・・
それらネガティブな感情が生命力を蝕み
人は動けなくなってしまうと。

心の中には自分が思う以上の憎しみがあることをまず自覚し
そしてゆっくり休むのだと。

確かに、僕は人を憎んでばかりだ。
「いつも精一杯頑張ってるのに何でこんな目に」
そういう思いが強い。
言い換えれば
「何であいつはこんなに頑張っている僕に酷い事をするんだ」
「何であいつはこんなに頑張っている僕に比べて美味しい思いをしてるんだ」

我ながら反吐が出そうに醜い心情だが直視せねばならない。

憎しみの軸にあるのは
「あいつ」と「こんなに頑張っている僕」の比較。

自分で言うのもなんだが僕は相当頑張っている。
今年に入って有給だってろくに取ってない。
毎日通勤時に自己啓発もしている。
休日だって仕事関連の本を読んでいる。
典型的な社畜だ。
いや学生時代からずっと猛勉強してきた。
だから「報われるべきだ」
「賞賛されるべきだ」
「いい扱いを受けるべきだ」と心の中で思っていた。
だから余計に理不尽な扱いや人の悪意に耐えられない。

「なんで僕が・・・」と思ってしまうのだ。

でも待ってくれ。
頑張っているからこそ今の職場がある。
毎月給料もらえるし少ないが賞与もある。
1人で生計を維持できているのだ。
幼少期から僕はポテンシャルが低くて、
人の何倍も頑張らなくては人並みになれない。
ある意味、頑張るのは当たり前なんだよ?

ネットでよく見かけるAA。
「お前がそう思うんならそうなんだろう、お前ん中ではな」



この台詞が実にしっくりきます。

僕は精一杯、心身に鞭を打って頑張っている。
それ自体は嘘偽りない事実だ。

でもだからといって
周囲が僕を敬うべきだとか
僕に悪意を持たないべきだとか
僕をよく扱うべきだとか
僕がいい思いをするべきだとか
そんなことは「僕の中」での戯言に過ぎない。

他人にとって「僕の頑張り」なんか関係ない。
その証拠に僕は「他人の頑張り」をどれくらい賞賛したか?
僕はむしろ心の底で人を見下していたんだろ?
僕は『基本的に他人に興味がない』人間だったろ?
それと同じなんだよ。

主観と客観が混乱しているだけ。
成立要件と対抗要件を混同しているだけ。

「なんで俺がこんな目に」と思うのが全ての誤りの始まり。
こんなに頑張ってる俺が酷い目に遭うのが現実。
憎まれ疎まれるのが現実。
そんな俺の脇でらくらくおいしく生きている奴がいる、
でもそいつも俺の知らない苦悩を抱えてるかもしれない、
それが現実なんだよ。

頑張るのはいい。
でも他者に対価を求めるな。
対価は自分の中にあるはずだ。

そうして、少しは手を抜かなくちゃな。
生命力も免疫力も人生の残り時間も有限なんだから・・・。

棺桶に入るとき僕は何を思う?
このままじゃ『こんなに頑張った僕がなんで・・・』と思うだけだよ。







そう数年前に悟ったのに。



その後に僕はとある婚約を破棄することになる。
いまだに向こうの親御さんにちゃんと話せていない。



僕はまた相方に多くを求めすぎた。
確かに生計を維持していくのは大変だった。
文字通り死ぬ思いで早朝から深夜まで毎日働いて、
帰宅したら相方を労わって・・・と思ったけれど、
やっぱり限界を超えてて。
頑張ったんだけどダメだった、というよりも
『こんなに僕が頑張ってるのになんでお前は』と求めすぎたんだ。

「僕が描いた人生設計」に相方を乗せようとした。
またしても「上から目線で指導」しようとしてしまった。
「お前何も分かってないんだから俺に任せろよ」と。

僕は「頼られ、感謝される夫」になりたかっただけだった。
そして面倒見切れなくなって別れるというカス野郎だった。








ほら、全然変わっていないだろ?
長年寝込んでようやく悟ったと思ったのに。

人の想いなんか基本的に慮っていない。
「俺が、俺が・・・」ばっかりのガキ・・・。

いい加減学ばなきゃダメだよ。


最近職場で同じような失敗をした。
僕に「非」はないけれど人を傷つけてしまった。
「お前が言うなら『非はなかった』んだろう、お前の中ではな」
あのAAにそう言われるところだ。



でも正直、もう疲れちゃったな。
頑張って軌道修正しようとしてるんだけれども
ここが僕の限界なのかもしれない。

僕はもう結婚もしないつもり。


やっぱり棺桶に入るときには『なんで僕がこんな目に』って思うのかな。

笑うしかないや。