読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

こころん

旧 りんごの小部屋

タナトフォビア

タナトフォビアとは死恐怖症のことです。
自分の死は誰もが怖いことだけど
その恐怖が病的なほど強烈な状態を指します。
慢性的にそんな人もいれば突発的にそうなる人もいる。
僕は後者です。
じろうが死んだときもそんな状態になりました。

死んだらそれまで生きていたことさえ認識しない、
まさに「無」になります。
その恐怖から逃れ、人が通常の生活を営むために
種々の宗教は絶大な効力を発揮しています。
「あの世がある」と嘘でも信じれば良いんですから。

でも「あの世」なんてどこにもない。
今叩き潰した「蚊」の魂がどこかに行くか。
そしてどこかに行った魂が転生する、即ち、
他所で受精して新たに誕生する命に
何処かからの魂を注入するシステムがあるのか。
そんなものないんです。
死んだら終わり。
だから怖いんです。
意識を失う刹那までは人生がありました。
でも目を閉じたらもう終わり。
告別式でみんなにお花を貰って、
火釜の蓋を閉められたら人の"姿"さえ終わり。

歴史の教科書には数千年に及ぶ人類の歴史が書いてある。
でも僅か150年前、日本で言えば明治維新の頃に
この世に生きていた人は
ただ一人の例外もなく今はもうこの世にいない。
そして今、目の前に生きている数多の人も
150年後にはただ一人の例外もなくその時存在していない。
これから新たに誕生する人々が築くだろう営みは
きっと150年後も続いているだろうけれど。

だからこそ「今」・「限りある命」が大切なのです。
命をただ永らえたらいいのかという問いには
銀河鉄道999」が答えてくれます。
消え行く命だから必死に精一杯生きる。
死を怖がる暇なんてないほど人生は短いのです。

にもかかわらず凄まじい死への恐怖が全身を襲う。
ある意味、本当に死を目前にしたときの予行演習です。
そしてその解は唯一つ。

「諦めろ」

諦観こそが救いです。

つまらない大人になったと思うけど。
それなりに酸いも甘いもかみ分けた結果です。

毎日死にそうに忙しいし、
理不尽な思いもいっぱいする。
でももし時の神様が
「お前は明日死ぬ定めだが、
今の仕事続けたら5年寿命を延ばしてやる」
そう言ったら喜んで今の生活を選ぶでしょう。

がんばるしかないよ。
「頑張ってる人に『がんばれ』は禁句」なんて
甘っちょろい戯言でしかないと僕は思います。
頑張るしかないんだ。
頑張り方をそれまでと変える必要はあるけれど。

全ての人が砂時計を必死に駆け上っている。
最後には必ず砂がなくなって下に落ちてしまうけれど
必死に頑張って駆け上るのが人生です。

必ず死ぬ「必死」なのに「頑張る」とは皮肉だよね。

でも頑張るしかない。