読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

こころん

旧 りんごの小部屋

二百三高地

坂の上の雲
今日は二百三高地の回でした。

僕は指揮官に「突撃ー!」と云われて
突っ込む一兵士にすぎない。
誰も心のどこかで
自分だけは死なないと思ってる。
でもたとえば戦争ドラマで
主役の背後でバタバタと死んでいく、
きっとその中の一人なんです。
死の瞬間までは誰もが
その人生の「主役」だったのに。

会社でも同じ。
直ちに命こそは奪われないけど
その一歩手前の社会的な生命のやり取りを
毎日重ねている。
「やれ」と云われた理不尽な作戦をやらされ、
その責めは負い、功は上層部のものとなる。

命を無駄に散らせる万歳突撃で勝つという戦術は
日露の後、太平洋戦争でも変わらない。
それどころか戦後の経済戦争でも変わらない。
トップの「よきに計らえ」にはウンザリだよ。

そして現在の放射能汚染
戦争に比肩すべき国家的危機だと思うけれども
政府はやっぱり「よきに計らえ」。
個人は内部外部被曝を強いられながら
想像を絶する不景気の中で
日々の消耗戦の最前線にいる。

そしてきっと被曝と不景気で
数年内にバタバタと倒れていく。
二百三高地で死んでいった将兵と同じく。

でもその犠牲の果てに二百三高地の戦い、
そして日露戦争に勝利した日本は
列強の侵略を食い止め極東に権益を確保し
帝国主義国家として生き残ることが出来た。
関税自主権回復もできた。

だが今の我々が死んで、
日本はいったい何を勝ち得るんだろうか。
無駄死には嫌だ。