こころん

旧 りんごの小部屋

ストーリー

仕事中に「これはこういうストーリーで・・・」というフレーズをよく聞きます。
流れ、筋書き、仮説、といった意味でしょうか。
正式な決定を待たずにある"方向性"を持って事前の仕事を進められるというのは大変なメリットです。
一度「ストーリー」が決まると、それに辻褄が合うように様々な書類が作られ、根回しが進み、仕事が流れていきます。
だからその「ストーリー」が仮に間違っていたとしても、その軌道修正をするのはかなり困難です。
たとえば容疑者の有罪立証において作られた「ストーリー」が間違っていても、検察で証拠が捏造改ざんされるということがあったりする始末。

そんな大事な「ストーリー」はどのように決まるのでしょう。
実は経営会議・取締役会・株主総会・国会などの「意思決定の場」はすでに決まっている「ストーリー」の追認の場に過ぎません。
ごく一部の経営陣や幹部達の「こうしたら良いんじゃないかなぁ」「落としどころはこんな感じだ」という"思いつき"で「ストーリー」は決まってしまうことが大半です。
そして第三者の批判的検証を経ていない"思いつき"だから多くの「ストーリー」は間違っています。
にもかかわらず上記のように軌道修正が至難の業。
下の人間は「ストーリー」が間違っているのを知りつつも、それを隠蔽・糊塗し体裁を整えるという無駄な仕事に大変な労力を奪われていくのです。

ストーリーを変更するのも実は大変な労力を伴います。
「それまで」積み重ねた仕事の流れが無駄になりやり直しとなるわけですから。
でも「そこから」の仕事は無駄じゃなくなる。

「新しい時代を作るのは老人ではない」と某赤い人も言ってました。
老害を廃して適切な「ストーリー」に直していかないと官も民も今後いろいろと大変ですよ。