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こころん

旧 りんごの小部屋

頭でっかちの限界

日記
僕はリアリストで主知主義
現実を具体的に切り開くのを是と生きてきました。

だから無宗教
宗教は死への恐怖を紛らわす人の知恵である位にしか思っていません。

神仏に祈るのは「人事を尽くしてから」と思っています。

基本的には今もそうです。

ただ近年、もう自分としては「人事を尽くした」と感じるのです。
工夫には限界がないのでまだまだかもしれません。
満足したらそこで人の成長は止まってしまいます。

そう思っててもかなり疲れてきました。

乗り越えども乗り越えども降りかかる仕事。
それを突破すれば新たなノルマが加わっていく。

そんな生活に疲れてきました。

こんなときに「祈り」って必要なのかな、
なんて自分的にはコペルニクス的転回が脳裏をよぎります。
最も忌み嫌ってきた非合理的・非論理的・感情的な発想です。

でも人間は知のみにあらず。知・意・情があるのですね。

世の中にはそういう「疲れてきた世代」を狙い撃ちする
宗教ビジネスがたっくさん!あります。
正しいマーケティングでしょう(笑)

勿論僕は「人事を尽くして天命を待つ」リアリストであり続けることに変わりはないです。
ただ主知主義だけじゃやっていけないんだなと思うのも事実。

トータルで人間を捉えなくてはいけませんね。