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こころん

旧 りんごの小部屋

今年の本試験、出願しました

真面目に受験して5回目になる今年の本試験。

転勤や家庭の問題で3~5月に全く勉強できなかったから

悔しいけど今年の受験は止めようと思っていました。

平日はおろか土日も疲れ果てて勉強どころじゃないし。

受けても今年は絶対に受からない上、まず成績は下がる・・・。

 

でも申し込みました。

5年以上も勉強してきて、

直前の3ヶ月間無勉だったから全部チャラと思いたくないのです。

悪あがきをしてとりあえず全科目間に合わせて、

形に残る結果を出したい。

それが来年に繋がると思うんです。

実は先週から勉強を再開しました。

本当にきついけど。

択一だけでも全科目一周するつもりです。

 

 

体調は良くないです。

特にアトピーが深刻な状態になりつつあります。

仕事に差し支えるので顔だけはプロトピックで塗装してます。

でも顔以外はもう猛烈な痒みで身体じゅう湿疹と傷だらけ。

夜に何度も掻き毟って起きています。

そりゃあ思い当たる節はたくさん。

仕事のストレスが凄まじく心身の疲労がすごいし、

外食やお菓子の自棄食いで食べ物の質が落ちてます。

関東より黄砂やPM2.5等の曝露が大きいかもしれません。

自室の環境は実家より格段にいいんだけれどね・・・。

 

ストレスが今回のアトピー爆発の最大の要因なので

薬としてはプロトピック・抗アレルギー剤に加えて

気分安定剤デパケンランドセン等)が欲しいところ、

皮膚科で精神科の薬はまず出ません。

 

「ストレスでアトピーが悪化する」のは周知の事実なのに

科を跨る処方はされず、患者がそれぞれの科を受診して、

最適な薬の組み合わせを考えねばならないのが現実です。

お薬手帳に調剤情報が蓄積されているのだから、

せめて薬剤師が受診科間の橋渡しをしてくれたらいいのに、

彼らにもその権能はないのでむべなるかなです。

今、複数科の医者と話す気力なんてありませんし、

手持ちの薬があるうちは何とかしていきます。

自炊も始めて食生活の改善も始めました。

 

 

実家にはマメに連絡を入れるようにしてます。

電話で話すたびに両親の老いを加速度的に感じて本当に怖い。

正直いつ何が起きてもおかしくない。

でも自分自身がいっぱいいっぱいで

緊急時の対応が出来るか不安です。

とにかく無事で居てくれと祈るだけです。

 

 

色々としんどいです。

でもなんとか凌ぐしかないね。

 

がんばるよ。

がんばるしかないもの。

体調を崩した

関西での生活が始まりました。

不慣れな仕事で毎日疲労困憊です。

引越し荷物の開封も進んでいません。

関西各地の探検など夢のまた夢です。

そして先月来の疲労が噴出したのか体調を崩しました。

 

症状は以前過労で数年間棒に振ったあの頃と全く同じ。

空咳・微熱を中心とする風邪様症状です。

赴任直後にこれか・・・と暗雲たる思いです。

 

今、あの頃の記憶を掘り出しています。

どうやってその状況を脱したのか、

悪化させないためには何をするべきだったのか。

 

一言で言えば「休む」ことなんですがこれが大変難しい。

でも「あの頃」地獄を見て様々な経験をしたのだから、

今、同じ過ちを繰り返すわけにはいかないんです。

 

デイケアで共に過ごした仲間の顔が浮かんできます。

絵が上手なAさん、

料理が上手なBさん、

将棋が得意なCさん、

煙草の吸い過ぎで指が変色してたDさん、

妙に悟っていたけど笑顔が可愛いEさん、

お母さんがよく付き添いで来ていたFさん、

癌を患いながらいつも人の心配をしてくれたGさん、

医療過誤で地獄を見たHさん、

アニメが好きで僕を「兄ちゃん」と呼んでくれたIくん、

ネットだけのやり取りだったけどいつも僕を案じてくれたJさん、

僕を慕ってくれたKさん。。。

 

みんな厳しい状況で足掻いていたよ。

いろんな薬を飲まされてぐったりしてたり、

生活保護や障害者年金を取れたとかダメだったとか、

家族により重い身障者が居てどうにもならないとか。

 

僕なんか「休職」でつなげて幸せな部類だった。

「そんな(酷い)会社早く辞めて」って皆に言われたけど

失職が怖くて辞められず、

だからこそ今、復職して働けているんだけど、

その負荷で再び倒れようとしていて、

何が正解だったのか今も分からない。

 

あの頃の仲間はもう僕のことなんか覚えてないかもしれない。

僕も顔は思い出せるけど名前はあまり覚えてない。

でも、僕の大事な大事な仲間(戦友)です。

 

その仲間に「たとえ病んでもちゃんと社会復帰できる」って証明したい、

その一心でがんばってきたんだ。

あの頃、絶望的な未来しかなかったけれど、

やれば出来るんだって。。。

・・・やれば。。。出来るのかな。。。

 

 

サプリメントに頼らずちゃんと食べる。

薬は自分に合った単剤だけを十分量。

 

 

悔しいけれど今年の試験は無理だね。

せっかく手が届きそうだったのに。

今は仕事に慣れて体調を戻すことが最優先だもの。

本当に悔しいな。

 

明日からまた厳しい毎日だよ。

でも一人じゃない。

心の中にはあの頃の仲間がいる。

がんばろうね。

がんばろうね。

関西へ異動

急に関西への異動が決まりました。

西日本に住むのは生まれて初めてです。

 

老親の生活介助のために実家に戻ったというのに、

僕が居なくなるということで我が家に激震が走っています。

 

非常に心配です。

定期的に帰省して実家の手入れや家族のケアが必要でしょう。

不慣れな環境での仕事、生活に慣れなくてはいけないのに、

体力・財力的にも精神的にも厳しい負担がのしかかります。

 

そして仕事は確実に今よりきつくなります。

なんできつい現場ばかり当たるのだろうね。

 

でも一時的にせよ実家の呪縛から逃れられる思いも正直あります。

疲れ切っていて親の奇行に対する寛容さが最近はないのです。

冷たい言葉を飲み込んでは投げ飲み込んでは投げ。。。

 

多分、親は心細いのでしょう。

なんやかやと口を出してきます。

急に決まった引越しの準備で大わらわなものですから

つい僕は冷たく突き放して作業を進めてしまいます。

これで親の死に目に会えないこととなるかもしれないのに。

 

80歳を超えた老親に対してもっと優しくしなくてはと、

後で必ず後悔します。

でも僕も疲れているんです。

 

試験勉強は中断を余儀なくされました。

準直前期の今、勉強できないのは辛いです。

力がみるみる落ちてるのが分かります。

通勤時など音声講義を聴いていたりしますが

記述式問題は手を動かさないとダメですね。

これまでなんとかコンスタントにこなしていたのに。

 

 

本当に色々といっぱいいっぱいです。

安らげる場所が欲しいなぁ。

新しい場所がそういう場所でありますよう

祈るばかりです。

天国に旅立ちました

別れが近い」と書いていましたが、

今夕、天国に旅立ちました。

 

最期を看取った母の話では、

水を美味しそうに飲んだあと母の腕の中で安らかに、

というかいつの間にか亡くなっていたそうです。

ここ数日、水を飲むと酷く吐いて体液が減ってしまうので

口を湿らす程度にしか水分を与えてませんでしたから

末期の水はきっと美味しかったろうと思います。

 

きっと涙なんか出ない、

そう思っていた僕でしたが

亡骸を抱きしめながら声を上げて泣きました。

自分にもこんなに涙が残っていたのかとビックリするくらい泣きました。

そしてひとしきり泣いて思いました。

辛いときは泣かないとだめなんだなぁと。

もう何年も、下手すると二、三十年、声を上げて泣くことなんてなかった。

それを取り戻させてくれたんだね。

愛犬は最後まで僕にいろいろなものを与えてくれた気がします。

 

危篤状態になってから家族は団結して愛犬の為に尽くしました。

獣医の先生も最善を尽くしてくれました。

とても、とても悲しいけれど、感謝の気持ちでいっぱいです。

 

えさ箱やお気に入りのクッションなど

家中に残っている愛犬の思い出を見るたびに

きっと悲しく思うと思います。

無理に立ち直ろうとしないで、素直に悲しもうと思います。

 

さりとて明日も仕事は忙しいし、

なんとかかんとかふんばらなくちゃ。

 

 

天国に行ったら好きなチーズをいっぱい食べていいんだよ。

太るからもうナイナイだよって言わないからね。

本当にありがとう。

ありがとう。。。

別れが近い

愛犬が今、最期のときを迎えようとしています。

腎不全で手の打ちようがなく自宅で看取ることになりました。

 

我が家に来てあまりにも多くの思い出を残してくれ、

今なお家族に優しい気持ちを生み出させてくれています。

老親を抱え家族間がギスギスした我が家ですが、

死に行く愛犬を前に今ひとつになっている気がします。

 

今はもう水も食べ物も受け付けず横になっています。

願わくば苦しまずにその時を迎えますようにと願うばかりです。

 

車が好きでドライブに連れていくと喜びました。

北は北海道、南は長野、静岡辺りまで回りました。

毎週末近所の買い物に連れて行きました。

車の鍵をもって外出するそぶりを見せようものなら大騒ぎで、

車に乗せるとずっと流れる車窓を飽きずに見ていました。

 

言葉が良く分かる子でした。

「今日はお留守番だよ」と言うともう後を追わずにしょんぼりして

家族の帰りを玄関の前でずっと待っていました。

 

近所の人にも可愛がってもらいました。

散歩に連れていると見知らぬ方から

「○○ちゃん、今日はお兄ちゃんと一緒なの?」なんて話しかけられたり。

 

とても優しい、賢い子でした。

きっと今も家族を想い、そして死期を悟っていることでしょう。

 

僕も平日はなるべく(といってもバス1本分くらいが関の山だけど)早く帰り、

休日はずっと側にいます。

自分の予定を後回しにして通院や世話を続けています。

なんか遅まきながら「親」の真似事をさせて頂いてる思いです。

最後の最後まで僕に大切なものを与えてくれているのです。

 

神さま、もう少しだけ一緒にいさせて下さい。

 

 

 

・・・なんてすました様なこと書いてますが。

本当は頭の中がぐちゃぐちゃです。

覚悟とか心の整理なんてできない。

自責・他責を問わず仕事のトラブルも抱えて、

試験勉強も滞ってて、

愛犬がいなくなろうとしている・・・。

こんなとき大泣きできればいいのに、

僕は昔から涙の流せないロボットのような人間です。

自我を保つのが精一杯なくせにね。

もうどうしたらいいのか分からない。

こんな心境で仕事に向えばたちどころにミスをするよ。

それは絶対に赦されないもの。

気丈に明日から出勤しなくちゃ。

ほんと辛いよ・・・。

 

 

 

 

こつこつ

こつこつ頑張ってればいつか報われる、目標を達成できる、

昔からそう信じてこつこつ頑張るタイプでした。

 

でも世の中にはこつこつ積み上げるだけでは越えられない壁がたくさん。

むしろ絶望的な壁の高さを見ないように、

敢えて目を伏せ足元だけを見て、

こつこつ頑張ってきた気がします。

心のどこかで「いつの間にか壁を越えているんじゃないか」って願いながら。

会社でも、親の面倒でも、資格試験勉強でも。

 

その結果は惨憺たるものです。

会社では走り回って傷を負い、トラブルの収拾に負われる毎日。

そこそこ結果も出すけど良いように使役されるだけ。

家でも週末は家事に追われ、老母に侮辱されながら使役されるだけ。

資格試験勉強も長期間に亘るけど

仕事と家事に疲労困憊して思うように出来ない。

 

「がんばり過ぎだ」ってよく言われる。

でも僕がやらなかったら誰が仕事をやってくれるの。

誰が溢れてる洗濯物やゴミの山を片付けてくれるの。

 

本当は会社には僕の負担を一部肩代わるべき働かない人たちがいる。

家事だって今利用している公的な介護の手をより活用できるかもしれない。

でも人に頼む気力もないんだよ。

「仕事を振らないで潰れる上司」を絵に描いて額に入れたような感じ(苦笑)。

 

こつこつがんばるだけでは越えられないというのに。。。

 

最近、目のかすみが酷くなってきました。

身体のほうがうまく悲鳴を上げてくれているんだね。

「もう少し休め」って。

 

人生1回しかないんだよ、こんな働き蜂みたいな人生でいいの?

そう思うけど。。。

・・・人生そんなもんかもしれない。

どうせ僕なんか1本のネジ、大した人間じゃないしね。

 

ただ、1本のネジだけど同時にかけがえのない1本、

そう思えたらまだ救いがあるんだけどな。

 

明日もがんばる。

謹賀新年

あけましておめでとうございます。

去年の元旦には「老害によって未来を担う若者がどんどん失われる現象。 今の日本社会・会社がそれらと何ら変わらなくて悲しくなります。」なんて書いてました。あれから1年、会社では若手がどんどん老害に潰されていってます。もう何人辞めただろうか。僕は辛うじて耐えて残っているものの、何らスキルアップに繋がらない忍耐に人生の大部分を投入してると思うと空しくなります。

 

今年の目標は試験合格です。

合格に手が届くと思えばさーっと遠のくような勉強を働きながら続けています。気力体力の限界をはっきり感じる昨今なのでここいらで合格したいです。そして早く実務の世界に飛び込みたい。法務局の手下なんてAIの進化で早晩無くなる職業の代表格でしょうが「100年安心年金」が死ぬまで貰えない以上、体が動く限り働かなくてはならないからね。

そういえば年末年始に母親と揉めました。

元にも増して我侭が酷く、家族を下僕のように使役するのでつい歯向かったのです。そうしたら「出て行け!」とぶち切れされる始末。気ままな1人暮らしを放棄して親の生活介助の為に出戻り、週末は家事に忙殺されているというのに、その罵声にはかちんと来ました。今年は異動がありそうなのですが、もし異動で本当に家を出て行ったら家の中はどうなってしまうだろう。TVでよく見る「ゴミ屋敷」になってしまうのではないか心配しています。

 

この我が家の中の姿が、会社の、そして恐らく日本社会の縮図なんですよね。

現世代の気力・体力・財力の大半が次世代の世話ではなく前世代の世話に費やされていく。ただ独身の僕はそれを甘んじて引き受ける覚悟です。家庭を築き次世代を育んでいる兄弟の足枷を軽くしたいから。

・・・とは言うものの、やはり僕も家庭を築きたかったなぁ。。。

まぁ今更言っても詮無いか。正月早々しんみりしちゃった(;´Д`)。

 

今年も宜しくお願いいたします。

老親と暮らして

老親の生活介助のため、気楽な1人暮らしを引き払い同居を始めて数年。

主に母の我侭、暴言、暴挙に疲労困憊です。こんな鬼姑がいる家にお嫁さんを迎えることなど不可能なので結婚も諦めました。たまに僕も頭にきて「うるさい!」と怒鳴ることもあり、そのまま思わず取り返しのつかない一言を言ってしまいそうになるのをこらえる毎日です。

 

家の中はゴミの山だらけ。母は子供達がまだ小さく賑やかで食べ盛りで、自分は主婦として台所を切り盛りしていて…そんな時代のまま頭の中の時間が止まっているようです。食べろ食べろと大量の食材を買って(買わせて)きては腐らせているのです。

一方父は椅子から立ち上がるのも苦労するほど足腰が弱っています。また最近トイレの始末が苦手になってきたのか、家の中がそこはかとなく糞尿の臭いがするのでトイレのマットはちょくちょく交換しないといけないです。あの母を御せるのは何十年と言う途方もない時間を共にしてきた父だけなので何とか頑張って欲しいです。もし父まで手が掛かるようになったらと思うとゾッとしますが、それもさして遠い未来ではないでしょう。

 

それなりに楽しかった家族の思い出が、終盤で怒りや憎しみに塗りつぶされていくのが辛いです。それでも楽しい思い出を一つでも作りたいと思い親を連れて小旅行に行くようにしています。今週末も行くつもり。ただ、もう長距離移動はダメそうですね。

 

これから色々なことがおきるでしょう。

たとえば突然会社にこんな電話があるのです。

「転んで大腿骨を骨折した」
「誤嚥で肺炎になった」
脳梗塞を起こして病院に・・・」

そして対応を誤ろうものなら離れて暮らしている兄弟から「何をやってるんだ、可哀想じゃないか」と無責任な善意の声が飛んでくるんだろう。毎日一つ屋根の下で同居していない人間に何が分かるというのだと思うけどね。

 

今、世の中では介護離職が問題になっています。常時面倒をしなければならなくなったらどうすればいいのかなぁ。「人に頼りなさい」とよく言われるところ、それが現実にはなかなか難しいからこその介護離職問題なんでしょう。。。

向こう10~20年の間に気力・体力・財力の全てを最大限投入して親を"見送った"あと、僕に生きる余力が残っているでしょうか。僕自身はどう老後を送るのでしょうか。人様に迷惑をかけるくらいなら自身で始末を…と脳裏をよぎってしまいます。

 

いつも書いてますが仕事は本当にしんどい。昔みたいな無理が利かなくなり「限界」を明らかに感じるようになりました。でも老後はお金だけが頼り。老親については勿論、自分自身の老後だって人様の力を借りるにはお金しかないのだから、まだまだ頑張って働かないといけないです。子育てなら大きくなる子供の将来の為と頑張れそうだけど、「人生の撤退戦」の為となるとやるせないです。

 

明日も早番だから、もう寝なくちゃ。

成績通知書が来た

落ちてるのは分かってたけれど成績通知書を見て吃驚しました。

記述まで手が回らなかったからもちろん足きりとはいえ、

総合点であと1点でした。

これで記述が人並みに出来てたら合格だったと思うと震える思いです。

 

1回目 25-19(基準点28-27) 1次2次足きり

2回目 25-26(基準点26-24) 1次足きり

3回目 29-25(基準点30-24) 1次足きり

今回 29-30-22.5(基準点25-24-30.5)  記述足きり


でも今回の択一はまぐれ当たりも相当あって上出来過ぎました。

もしかしたら今年が受かるラストチャンスだったのではと思います。

近年仕事は多忙を極め、心身ともに限界が近いのです。

果たして来年も択一が30-30近く取れるのか。。。

 

とにかくがんばります。

試験勉強再開

早稲田セミナーの択一式対策講座【理論編】スタートと共に、僕の29年度向け試験対策が始まりました。

今年は金銭的な事情もあるので姫野先生の択一式対策講座【理論編】と心中(怖)し、あとは答練・模試しか受講しません。記述式対策講座は難しくて途中で挫けてしまった去年の講座をまた聞くか、単品で何か受講するかまだ考え中です。勉強時間としては平日は出勤前と帰宅前に各15~20分、週末は頑張っても各3~5時間が限度。2ヶ月ぶりですが相当きついです。まずは学習習慣を取り戻さないとです。

仕事はプレイングマネジャーの中間管理職として多忙になる一方、親の老化もかなり進んで掃除や家の修繕等の家事も増えてます。多忙極まりなく本来なら試験なんて止めればいいのに、もうここまで来たら引くに引けない状況で「損切り」って当事者になるとなかなか出来ないものだなぁと痛感。

加えて昨今の体力の衰えが洒落にならない感じなので、運動もやらないといけないんだけど・・・身体がいくつあっても足りないや(;´Д`)

 

と、とにかくがんばります。